2009/12/22/
「セールスマン」
今回は、ちょっと前の話ですが。
私の後輩に、某大手自動車メーカーのセールスマンがいます。ここでは仮に「Ｔ君」としておきましょう。
学生時代、私と妻とも同じサークルだったので、妻の先輩でもあります。
彼は学生時代から人当たりが良く、いつもニコニコ笑顔を絶やさない優しい奴で、私は彼が怒ったところを（ついでに、真面目な顔をしたところも）見たことがありません。
結構適当で「まぁいいか」で済ませてしまうのに、誰からもそれを嫌がられず、「あいつのやることだからしょうがないか」と思ってしまう、かなり得な性格の奴でした。
ハンサムでオシャレ、女の子にもモテモテなのに、どっちかというと男友達とつきあう方が好きというあたりも、私たち先輩には好ましく映っていました。
今もその性格を生かして（？）、営業マン・・・というかクレーム担当をしているようですが、それなりに優秀らしく、「長」の付く仕事をしているようです。
ある日、私の車＝ミニバンが故障し、後ろのドアが開かなくなってしまいました。
私はさっそく、Ｔ君に電話して、修理を依頼しました。
「部品取り寄せといたから、いつでもＯＫですよ、アニキ（彼は、私たち先輩のことをみんなこう呼びます）。
Ｃちゃん（うちの妻）にも、修理代は５千円くらいだから安心して、って言っておいて下さい」
私はいそいそと、彼が勤める営業所へ、車を持っていきました。
修理して貰っている間、私たちはいろんな話に花を咲かせました。
「アニキの車、もう１３年も乗ってるんですね。どうスか、そろそろ買い換えちゃ」
「うーん、うちの（妻）と相談したんだけど、やっぱりエコカー、できればハイブリッドが欲しいなぁって」
「今なら減税効きますからね」
「でも、今注文しても予約がいっぱいで、届くのは来年度とかになっちゃうんだって？」
「そうなんスよー」
彼は残念そうに言いました。
「でも、今度出る新しいエコカーなんスけど」
（この話は、先日のモーターショーの前の頃です）
「まだ発表できないんですが、内装がカッコ良くって、絶対アニキ好みだと思いますよ」
「へー。どんなのなの？」
「それが、まだパンフレットもできてなくって。お見せできないんですけどね。
でももう、Ｉ店では４台、予約が入ってるンです」
まだパンフレットがないどころか、発表されていない車を予約する人がいるのか？
変な国だなぁ、ここは(^^;)。
私がそう言うと、彼は
「でも、アニキだって、スーパー戦隊の新しい合体ロボットだと聞けば、画像見なくても注文するでしょ？」
そりゃそうだ（納得するな＞俺）。
そうこうしている間に、修理担当の兄ちゃんが、Ｔ君を呼びに来ました。
彼は何か困った顔をしています。
「どうしたの？」
私が尋ねると、Ｔ君が代わって答えました。
「いやー、弱っちゃいましたよ」
その顔はいつものように、全然弱っているようには見えません。
「アニキの車、後のドアの部品が錆びちゃってるんですけど」
「うん」
「それを直すためには、１回、ナンバープレートを外さないといけないんですよ」
「いいよ外しちゃって」
「いやそれが、今はナンバーに封がしてあって、一度外すとナンバーを再取得しなきゃいけないんです」
「そりゃ・・・めんどくさいな」
「でしょ？どうしましょうねぇ」
「いや、どうしましょうねぇって言われてもな・・・」
私が考え込んでいると、Ｔ君はさりげなく続けました。
「どうですかこの際、どうせナンバー変えるんだったら、車、買い換えちゃえば。
さっきのヤツなら、今予約しておけば、年内には間に合いますよ」
「ええっ？でも、高いんだろ？」
「アニキの車、長く乗ってるから、減税がかなり有効なので・・・、」
彼はとんとんと電卓をたたき、
「このくらいにはできそうです」
げげっ！・・・でも、今なら○十万円も安くなるのか・・・。
１０年ローンくらい組めば、何とかなるかな？
「ちょっと相談してみるよ」
「はいはい」
私は妻に携帯で電話をかけ、さっそく相談しました。
「・・・というわけで、Ｔにエコカー薦められたんだけど、どうしようか？」
電話の向こうで、すぅ、と息を飲む音がしました。
「５千円の部品替えに行って、○百万の車買ってくるバカが、どこにいるかー！」
私は、聞いたそのままの言葉を、Ｔ君に伝えました。
すると彼は、私が初めて見る「しまった」という顔をしました。
「アニキの奥さんは、（学生時代からしっかり者で通っていた）Ｃちゃんでしたね・・・」
コイツ、確信犯だったのか・・・(^^;)。
そんなわけで私は、危うく車を買い換えるところでしたが、踏みとどまりました。
Ｔ君は、私の車を、ナンバーを外さないで済むように、後のドアの内装部分を全部外して、中からドアのロックを解除するためのワイヤーを引っ張れる仕様にしてくれました。内部配線まる見えだけど、まぁしょうがない。
「でもアニキ」
「何」
「ワタシも今、あたりが暗くなってきたから、気が付いたんですけどね」
「だから何」
「この車、後の配線、むき出しじゃないですか」
「だから？」
「こうやってブレーキを踏むと」
彼が右脚でブレーキを踏むと、ブレーキランプの真っ赤な明かりが、車内を綺麗に照らしました。
遮る内装がないので、当たり前といえば当たり前ですが、これではまるで、クリスマスのイルミネーション。
「どうします？ 良いですかね？ もうどうしようもないですもんね？」
「あははははは」
「あははははは」
「あはは・・・って良いわけないだろう！」
「そうですよね、じゃぁやっぱり、新車いっときますか？」
「どアホゥ！」
結局私の車は、後のドアが壊れて開かないままです。
それでも、Ｔ君の笑顔（と口八丁）で、振り回されていただけなのに、何だか妙に可笑しくて、許してしまえる気になりました。
もちろん親しい後輩だから、というのはありますが、彼がクレーム担当なのは、ある意味適材適所。
彼の才能を見いだしたその会社は、大したものだと思います。